恩智越・立原道を歩く #3

思いがけない危険が待ち構えていた立原道を無事に抜け、すっかり風化が進んだ展望台を経て高安山へ。しかし、去年からイノブタの被害が増えているという墓地の張り紙を見つけ、さらにはあたりが刻一刻と闇に包まれていく…

(『恩智越・立原道を歩く #2』より)

 

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家を出てからおおよそ2時間。やっとやっと、ケーブルカーの高安山駅に着きました。

そのすぐ向かいにあるのが高安山の展望台。10年前は片道を1時間ほどで歩いてた記憶があるのですが、立原道の苦戦っぷりを抜きにしても今の私からすれば化け物のような速さ。まだ20代前半ではあるものの、あの頃の若さあふれるエネルギーに脱帽せざるを得ません(笑)。

 

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かつてこの高安山駅信貴山を結んでいた路線のホーム跡。

以前は何もなかったのですが、手作り感はあるもののきれいに整備されていました。時が経てばいろいろと変わるものですね。

 

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しんと静まり返った改札。

窓から漏れるわずかな光が辛うじて現役の駅であることに気づかさせてくれます。

 

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目の前には大都会の夜景が広がっているというのに人っ子一人見かけることなく、まるでここだけが時代に取り残されたかのよう。信貴山参拝の需要があるとはいえ、ケーブルカーが動き続けるのも時間の問題かもしれません。

 

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また飛行機が後ろから通り過ぎていきました。 尾根付近は概ね標高が400m以上あるので、いつもより飛行機が随分と近くに感じます。

 

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きっと昔は休日に家族でハイキングに行く時代があったのでしょう。当時の姿が偲ばれます。

 

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少し前にGoogleマップでこのあたりの地図を見た時に『ごじゅうからガーデン』という謎の名前が高安山の展望台を指しており、いつの間にこんなものが…と不思議に思っていたのですが、確かにありました。ごじゅうからガーデン。一度聞いたら忘れられないインパクトのある名前です(笑)。

 

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上まで登ると一面の…とまではいかないものの、穏やかに広がっていく街並みは純粋に美しさを感じさせるもの。日没直後、そしてうっすらと広がる雲という条件が重なり、まるでたくさんの星々がぼんやりと浮かんでいるよう。

 

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先ほどの写真は東大阪豊中方面に、こちらは八尾、大阪方面に向けて撮ったもの。遠くにはうっすらと神戸の山々も浮かんでいます。

 

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ここで高安山駅で買ったブルーソーダを一杯。

普段はわざわざ炭酸を飲むこともない私ですが、こういうときの「シュワァァァァ!!」はめっちゃ効きますね(笑)。ここまで水しか飲んでこなかったのでその爽快さはひとしお。贅沢な時を過ごすことができました。

 

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東屋の雰囲気は当時そのまま。

ただ、少し変わっていたのは啓発ポスターやノートなどが中央の柱に取り付けられていたこと。しかもノートはちゃんとケースの中に収められていて、パラパラとめくっていくと今年の4月に書かれたものを見つけました。こうしてどんどんさびれていく中で、わずかながらでも『証拠』が残されていると少しほっとするものです。

 

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最後に東屋と大阪の夜景を一緒に。

 

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歩けば歩くほど、ますます暗くなっていく道。明るすぎる夜景は木々をシルエットとして浮かび上がらせます。

 

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ふたたび広い場所に出てしばらく歩くと、何やらピンク色を帯びた光が。それはまさに『ストロベリームーン』でした。これだけ美しい月を見たのは初めてかもしれません。

こういった場所でカメラを向けるのは良くないことだと分かっていますが、あまりの妖美さについつい…です。ご先祖方の皆様、ごめんなさい。

 

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その明るさは月の光によって影が生まれるほど。一種の安堵を覚えながらもと来た場所へと引き返していきます。

ただ、この少し手前あたりで『ガサッ!!!』という大きな音がすぐそばから聞こえ、直接は見ていないもののそれは間違いなくイノブタの足音でした。間違ってもこんな時間に山を歩いていては何が起こるか分かりません。

 

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先ほどの風化の進んだ展望台から。

中央で輝く星は宵の明星でしょうか。高安山出発から20分が経ち、街並みはいよいよ黄金色に輝き始め、空は透き通った青色だけを残して夜を迎えようとしています。

 

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後ろを振り向くと、遠くにわずかながら奈良の街並みを望むことができました。なんて美しい夜なのでしょうか。

 

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奈良の夜景とお別れをし、展望台手前の分岐点で恩智神社へと下る道に入ります。この『恩智新道』と呼ばれる道は、もともと電話線といったインフラを地中に通すために作られたと言われており、全線を通してとても歩きやすい道となっています。逆に、この時間になってしまってはこの道でしか下山することができません。

 

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市街地から差し込むかすかな光だけが頼みの綱。

 

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暗すぎてほとんど見えませんが、ここも一つの分岐点。右側のはっきりとした道が今下りてきた道、そして左側に上っていくのは最初に月を撮った地点の近くまでショートカットする道。途中に見晴らしの良い展望台があるのですが、そこから先へ抜ける道を発見し、短時間で高安山に行けるということでよく通っていたものです。

ちなみに、以前はこの分岐点に白柱の看板が一本立っていたのですが、どうやら新しい看板に取り替えられているようでした。

 

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展望台からの道と合流し、若干恐怖を感じる資材置場を通り抜ければ自転車を止めた広場はすぐそこ。実に3時間にも渡る山歩きでした。当たり前のようではありますが、市街地は山中と比べて安心できる場所だなあ、と改めて感じたものです。

 

さて、最後にこの山に登った時から数えると7年ぶり、初めて登った時からはすでに10年もの年月が流れており、やはり相応の変化はあるもの。どちらかというと自然災害などで悪い方向に向かってしまった部分が多いですが、それでも懐かしさでいっぱいでした。

無鉄砲とも言える山登りから始まり、自転車で遠く琵琶湖まで行くようになり、そして今日の私へとつながっている。いわば私の一つの原点となった場所だと思っています。今回は立原道〜近畿自然歩道〜恩智新道のルートで回りましたが、次回はこれまでの軌跡をなぞるように別の道からも挑戦してみたいです。

初心を忘れず、常にこれからに向けて歩き続けるために。

 

 

最後になりましたが、この記事を下書きの状態で温めていた間に未曾有の災害が各地で起きてしまいました。もちろん、被害に遭われた方、被災した地域には本当にいたたまれない思いでいっぱいなのですが、このような大規模な災害はこれから毎年起こると考えて間違いないでしょう。人々もこれからもっともっと苦しめられていきます。

タイトルにも冠している『立原道』はここ数年で大きく姿を変えてしまいました。市街地では何も変わらないように見えても、その裏では今にも牙を剥こうとしている自然が存在するのです。今日のような被害が出てしまっては遅すぎます。現代の人々はもっともっと自然と触れ合って、自然の大切さ、そして恐ろしさを学ぶべきだと思います。自然と共存するにはどうしたらいいのか、被害を抑えるにはどうしたらいいのか、自ずと答えが出てくるはずです。

今回の災害を受けて感じた、私の素直な気持ちでした。どうか、日本が少しでも幸せな国になりますように。